[ テーマ: 社労士会 ]
2011年5月31日11:16:00
昨日、ホテルグランドパレスにおいて東京都社会保険労務士会と政治連盟 の総会が開催されました。
最初に「東日本大震災と津波で死亡された方々」のご冥福を祈り全員で黙祷を捧げました。
そして、6時から政界、業界関係者をお招きし「東日本大震災」被災者支援チャリティーと被災地域物産展が3階で行われました。
ミニコンサートでは「松堂久美恵」さんが北原葉子さんのピアノ伴奏で美しいソプラノの数々を披露してくださいました。
最後に、皆で「ふむさと」を合唱し、東北地方の復興を願いました。
松堂さんは台東支部の伊藤利子先生のご縁で、参加下さったとのこと。
お開き間際に、内山晃衆議院議員が駆けつけてくれましたが内山さんは「公務員給与の減額問題で忙殺されていた。」と遅参の理由を述べられました。政局不安定なおりから、ご同情申し上げます。
千代田統括政治連盟会長の家村啓三さんと私は「最後まで聴いて」から会場を後にしました。
さて、昨日中断しました長島さんのお話ですが、この本を読んで私も過去が蘇りました。
昔は甲子園への二次予選は東中国大会がありました。これには岡山、鳥取、島根が参加していました。昭和31年の予選は米子の湊山球場で開催され、これには島根県の予選で優勝した安来高校も出ていたのだそうです。
広島が単独となってから島根は山口と西中国大会へ出るように変わったと思います。
私は、小学校4年生でしたが、父や兄がラジオで興奮して聴いていたことを想いだしました。この時の実況中継が「島ひろみ」アナウンサーだったのです。
島アナウンサーは、昭和35年6月15日の全学連国会突入を実況中継をしていて警官隊から棍棒で殴られたことで有名だそうですが、樺美智子さんもこの現場で死亡されました。
そして、島さんは巨人の野球実況中継でも大変有名な方でした。王・長嶋と阪神村山の対決は語り草となっています。関西大学時代の村山実さんは 米子東へ来校されて、長島さんたちをコーチしてくれたそうです。
島さんは鳥取県の根雨の出身のようですが、上小竹の「永江」さんというお宅と親戚だったのではないと思います。根雨は日南町に属していると思いますが、私の父も日南町の印賀という地名の出身でしたから、県境の伯太町と日南町は昔から交流があったのでしょう。
島根と鳥取の県境には「鷹入山」という山があります。麓には名水100選に選ばれた「鷹入りの滝」もあり、私もこの近くで生まれました。
長島さんの「19歳の甲子園」の本で「北朝鮮からの逃避行」、「38度線を越えて」の章は、さながら韓流ドラマを思わせるものでした。
大変な苦労をされたにもかかわらず、人を羨まず、明るく、前向きな生き方された長島さん。震災後を生きる私達にこの本は希望とヒント与えてくれました。
おわり 恩田
この記事へのコメント (1)
飯塚和男 2011年6月3日 11:34:33