[ テーマ: 日記 ]
2013年6月1日07:20:00
5月1日水曜日 カルカソンヌからボルドーへ
ここの高速道路沿いはどこまでも行っても「ワイン畑」延々と続きます。
なんせボルドーワインは有名です。しかし、ボルドーは1152年にイギリス王と結婚したフランス王女の持参金として「イギリス」領となったのです。300年間も統治した「イングランド王」は自国では取れない「ワイン」をせっせと作らせたのだそうです。
市内の「ガロング川」にかかる「ピエール橋」はとても美しです。この川の下流が「ジロンド河」、ジロンド党発祥の地です。
ボルドー美術館や大時計前で写真は撮れるのですが、中に入れません。
この日はメーデー、フランスの国家的「祝日」なのです。
日本人向けに開店していた「バックや宝石」の免税店だけが開店していました。
176€以上なら消費税分の17%が還付になるそうですが、当方には縁の無い話で
外でタバコを吸っていました。フランスのタバコは高く 8~9€もするようです。
そして公共の場所やホテルの室内では禁煙。でも、ホテルの外や公園、駅前などは灰皿用のポストがチャンとありました。
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2013年6月2日07:20:00
5月2日 木曜日 ロワール地方
トゥール(ツールの方が日本人向けですね)から、ロワール川沿いにさかのぼりますといたる所に古城が見えます。
行きは、あいにくの霧、着いた先に大きな「シャンボール城」これはすごかったです。
レオナルド・ダビンチが設計したという「螺旋階段」上がるときと降りる階段が別なのです。
16世紀にフランソワ1世が狩猟用に建てたいうお城、皇居より広いのでは。森の中に柵がめぐらされているそうです。主に「鹿やイノシシ」を狩って、付近の貴族ご婦人方にふるまったそうです。
次がシュノンソー城
エール川にせり出した城で3階建、台所も見学しました。ここの庭園はすばらしいものでした。デアーヌの庭はアンリ2世の2番目王妃「デアーヌ・ポアティエ」庭、正妻の「カトリーヌ・メディシス」は三番目の城主でカトリーヌの庭、6番目までの城主はいずれも女性、全体にやさしい公園のようなお城でした。
手入れが大変でしょうね。
でも、女性の皆さんぜひ一度 ご訪問下さい。
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2013年6月3日07:20:00
5月3日 金曜日 イル・ド・フランスへ
ロワールから約200㌔、バスの中かから「ノートルダム教会」の尖塔が見えてきました。私は、こうした建物を遠くから見るのが大好きです。
内部のステンドグラスがすばらしかったですが、オペラグラスをトランクに入れたまま
忘れていました。これは、ステンドグラス見物の必需品です。
この教会では入り口にいやな雰囲気の若者がたむろしていました。どうも、スリの親分のような風体ですので、目を合わせないようにしました。
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2013年6月4日13:15:00
5月4日 土曜日
昨夜は、モンサンミッシェル地区に泊まり、朝早く「満潮」状態を見学したいと思っていましたが、予約が一杯で50キロ離れた「サン・マロ」に変更となってしまいました。
この港町は、17世紀に海賊の拠点となったそうですが、第二次世界大戦で8割が破壊された街だそうです。ガイドさんが、朝7時に城壁めぐりに案内してくれました。
市庁舎は土曜閉庁なので、城壁に上がってみました。海岸には古代の海のプールや海上には島の要塞もあり、要塞には干潮時に歩いて渡れるます。
同じドーバー海峡ですから、モンサンミシェル並みに「干満」の差が大きいのです。
この沖合は、イギリス領の島が点在しています。また向こうに見えるのはヒットラーに占領されたフランスを解放するため、連合国軍が上陸した「ノルマンディー」も望めます。
ここで、道路散水車を見かけました。この国の道路は真ん中がヘコンでいます。
高くなっている道路端に水をまいて汚れを洗い流すのだそうです。
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2013年6月5日08:30:00
5月5日 日曜日
朝9時、22㌔はなれた「ヴェルサイユ宮殿へ、ルイ14世が50年にわたって建設した。何万人もの労働者を駆り出して働かせる一方では、気に入った貴族たちを招待し、毎夜のドンチャン騒ぎ、こうした「招待戦略」は、貴族の骨抜きを狙ったものだというが、その曾孫ルイ15世には61人(私生児のみの数)の子供がいたり、15世の孫16世はブタのように食べて寝てばかりいたそうだ。革命の勃発の日の日記に「何事も無し」と書いていたとか。
さしものブルボン王朝も1792年にギロチン台に登り、滅亡している。
最初は、金ピカに塗装された宮殿の門へ、以前は金が剥げ落ちでいたが最近修復されたとのこと。
宮殿内にナポレオンの戴冠とう絵画があり、
にある。
人物を一か所変えて、まったく同じものを書いたそうだ。 ジョセフイーヌ王女の耳飾りを鮮明に撮りたかったが、ここまで。
20年前に買った「レーザーデスク」では、耳飾りがアップされ「ストップモーション」で繰り返しみたものです。
[ テーマ: 日記 ]
2013年6月6日10:25:52
5月6日 月曜日
今日は、帰国の日である。ホテル周辺を散歩してみる。
工事中の道路をどんどん行ってみると、運河があった。ここまで、セーヌ川から「バスティーュ」辺をとおり、科学・産業シティのこのあたりまで来ている。将来は発展しそうだ。
9持、メルキュール・ラ・ビレット前で記念撮影して、ド・ゴール空港に向かう。
ここで、トラブル。家内のトランクは15㌔
だった。私はトランク23㌔程度だと思ったのに
25キロオーバーしているという。
「手荷物に移し替えろ」というので、一旦、下ろしたら、JTBの現地世話人が飛んできて、もう一度計量するように指示してくれた。
なんと、今度は22㌔でOKとなった。
どうもフランスは女性の方が人種差別か、怠慢の印象を強くした。
今回の旅行では、ずっと一緒だつた林田さんは、とても忍耐強く、優しくて芯の強い人だったし、現地での日本人ガイトさんは皆さん良く説明をしてくれました。観光現場では、皆イヤホンを付けていましたので、離れていても説明が伝わり、それも良かったのです。さすがは、日本のJTB。なを、モンサンミシェルに泊まれなかったお詫びに一人8千円を返還してくれました。
出発は、またしても1時間半も遅れて午後3時、長い一夜を「座席に囚われの身」となりました。
翌7日 火曜日
夜どおし飛んでいたような感じで、朝の9時に成田に到着。
10時のシャトルバスで成田ビューホテルの駐車場へ。
都心経由で横浜へは12時ごろ、帰り着きました。
おしまい。
長い間、お付き合いいただきありがとうございました。
6月6日記 恩田 和明
[ テーマ: 日記 ]
2013年6月7日12:48:34
5月8日 午前中は事務局会議、午後は参議院会館で全中連の常任理事会、そして夜は千代田統括支部「24年度IT委員会」の打上と続きました。IT委員会は神田の西口商店街通り脇にある「こつこつ亭」というフランス料理店です。
まずは、25年度新委員長となった当事務所の鈴木裕之氏に段下正志千代田統括支部長から委嘱状が交付される場面です。拍手しているのは、前委員長の石原美由紀さん。
右は店内にて竹内委員とネット業者の小河原氏です。
「こつこつ亭」では、マスターがお一人で料理を作ってくれます。
もっとたくさんありましたが
写真はこれ一枚、まさかブロクに載せるとは思いませんでした。
そして、ワインもフランスより美味しいのです。値段がちがうのかもしれませんね。
食べ物と飲み物は、日本が一番と感じてしまいました。
6月7日 恩田 和明
[ テーマ: 全中連報告 ]
2013年6月20日12:03:40
大津に行ってきました。修学旅行で「比叡山」に登って以来です。
6月14日、新幹線京都駅からJRで戻ること二駅目が大津です。
駅前から中央大通りを徒歩で10分のところに「琵琶湖ホテル」がありました。
大津港の桟橋で付近を撮影し、「潮の駅」で「地ビール」を、1時半からの全中連総会に参加しました。
夜の懇親会では、岡山県商工協会の藤原英男理事長が「ハリー藤原」として歌手デビーをされ、持ち歌の「ひとときのルンバ」ほかを歌ってくれました。
藤原さんとは20年前ベトナムにご一緒した同い年、彼は50代で税理士をとり、陶芸など多趣味ですが、歌手までとは思いませんでした。家内が「貴方も余生は、老人ホームめぐりの歌手になれ」というので「女子校めぐりの歌手」ならやってもいいと返していました。いつか……
翌朝は、天智、天武、持統天皇が産湯につかったという「三井寺」へ。
琵琶湖疏水の桜並木を下り、京阪鉄道「みいでら」駅から「ぜぜほんまち」駅へ。ここから家康が築城された膳所城公園へ。
5時から2時間のコースでした。
総会は、9時から再開。各ブロック報告の後、新副会長に就任された峰崎直樹前財務大臣が「全中連活動を全力で推進したい」と力強く決意表明をされ、2年間一緒に和田会長を支えることを誓い合いました。
[ テーマ: 全中連報告 ]
2013年6月21日11:26:53
宿泊先のホテル京阪京都から30ほどで大津港に到着した。日曜日なので、国道一号もスイスイ。
県境の「追分」には句碑もあってバスの旅も結構、結構。
今日の観光船は「ミシガン号」。アメリカで活躍した後輪蒸気船である。
出発のドラを鳴らすのは子供たち。
この後上る比叡の山々。
テラスでの生ビールも最高。
そしてオーストラリア娘の歌謡ショーまであり、
船旅満喫の2時間でした。
[ テーマ: 日記 ]
2013年6月24日08:20:00
シェルブールの雨傘を見た方も多いと思います。
先週、雨の中カトリーム・ドヌーヴ主演の「シェルブールの雨傘」を見に行ってきました。
この映画が製作されたのは、私が高校生だった1964年です。
神奈川の早熟高校生だった家内は見たようです。フランス旅行中のガイドさんがフランスの代表的美人が「カトリーヌ・ドヌーヴ」でイタリアでは「ソフィアローレン」なのだとか。 若かりし頃の映画でないと彼女には会えないのです。
もう45年もたちましたが、シェルブールというフランスの港町、「石畳」に降る雨と色とりどりの雨傘、そして「セリフはすべて歌詞」、ミュージカル仕立てで大変評判となったのだそうです。
映画は二本立てで、 もう一本は「ロシュフォールの恋人たち」でした。